Jazz Twins

双子の若手新進ジャズミュージシャンの母がアメリカ南部メンフィスから、見て、聞いておもしろいことを発信します。

カテゴリ: Stax

メンフィスのスタックスレコードのレジェンド、Booker T. Jonesのコンサートに行ってきました。
満席の会場は往年のスターのファンがたくさん詰めかけていました。
私は、日本人のお友達と2人で会場の熱気に包まれました。

オルガン奏者のBooker T.は、1960年代に高校生でスタックスに参加。Booker T. & the MGsを結成しました。インスツルメンタル曲の「グリーンオニオン」が世界中で大ヒットした時、まだ、高校三年生の若さでした。

その後次々とヒットを飛ばし、ブッカーTたちは、スタックスを、メンフィスの音楽を、世界中に知らしめた立役者になりました。


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懐かしい曲がたくさん演奏され、会場は大いに盛り上がりました。
スタックス•ミュージック•アカデミーの学生も演奏に参加しました。


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コンサートの後のサイン会で撮ってもらったツーショット。

私は、双子の息子たちがお世話になったスタックス•ミュージック•アカデミーで以前ボランティア活動をしていたので、スタックスの人には特に親近感があります。

サイン会は私が最後だったので、ちょっとお話しができました。
他のスタックスレジェンドも皆さん素敵な方ですが、ブッカーTさんは、ソフトで気さく。そして目を見てお話しする素敵な紳士でした。

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スタックスで耳にタコができるほど聞いた数々の名曲を収めたCDにサインしてもらい、なんだかほんわかあったかい気持ちになりました。


日本でもテレビなどのBGMにものすごくしょっちゅう使われる名曲、「グリーンオニオン」のビデオはこちらです。

キーボード演奏はBooker T. Jones、ギターは息子さんで、これがまたイケメンでギターが上手です。ドラマーはメンフィス出身。ドラマーはメンフィスのレベルが世界一といえるくらいに高いですが、このドラマーも若いのに凄腕で将来が楽しみ。

メンフィスの音楽が次世代に受け継がれていてとてもうれしくなりました。



 

メンフィスのスタックスミュージアムに往年の栄華を飾ったスタックスレジェンドが一堂に会しました。
この100人ほどが参加したレセプションでは招待された日本人は私一人。

スターと直接お話できて、超ワクワクする楽しい時間を過ごし、スター・オーラを浴びまくる楽しい体験をしてきました。

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こちらは当日来てくれたレジェンドのほんの一部。
同級生たちが久しぶりに集ったように、みんな大喜びでワイワイガヤガヤと本当に楽しそう。
外野の人たちもそれを見てみんなニコニコでした。

一番左は、Floyd Newman(フロイド・ニューマン)。以前、メンフィス・ビール・ストリートに埋め込む音符授与式に参加してブログに書いた人です。

久しぶりに会ったら覚えていてくれて、またまた昔話をしてくれました。
今年亡くなったBBキングのオリジナル・バンド・メンバーの最後の生き証人だそうです。BBキングも亡くなって今当時を語れるのはこの人だけになってしまいました。

前列左から3人めのスーツ姿は、エディー・フロイド(Eddie Floyd)
「ノック・オン・ウッド」というスタックスの大ヒット曲で世界に名前を残した人です。
スタックスの大スター、エディーですが、話したら、めちゃくちゃ気さく。
スターは気さくなんですね〜

そのおとなりの眼鏡の紳士が、アメリカ音楽界に名を馳せるスタックスの作曲家、デビッド・ポーター(David Porter)
正式に登録されている曲は1700曲を超え、グラミー賞受賞曲は5曲、楽曲提供は、アリサ・フランクリン、マライア・キャリー、セリーヌ・ディオン、トム・ジョーンズなどたくさんのアーティストにしており、現在は、若手アーティストを育てることにも積極的な、アメリカ音楽歴史そのもののような人です。

右から2番目がスティーブ・ジョーダン(Steve Jordan)
この人はスタックスの人ではありませんが、若くしてスティービー・ワンダー・バンドで出発。右端のスタックスのスティーブ・クロッパーと一緒にブルース・ブラザーズ・バンドで活躍。若い頃は日本の郷ひろみのバックを務め、世界の有名な人がみんなこの人と演奏したがる、今超売れっ子のこれもまたアメリカ音楽の歴史をつくっているドラマーです。
日本人の私には、郷ひろみの思い出話をしてくれました。

一番右は、スティーブ・クロッパー(Steve Cropper)
この人ぞ、スタックスの歴史という人です。有名な曲をたくさん弾いてくれたギタリストで、エレキギターを弾くと、未だにほんとにぶっとぶすごい演奏をしてくれて日本でも根強い人気の人。スタックス・レコードの名曲の他、ブルース・ブラザーズの演奏で特に有名ですが、日本には毎年のように演奏ツアーに出かけています。スタックスの大ファンだった故忌野清志郎のツアーにも参加。レコーディングもしています。日本には来年3月にツアー予定だそうです。日本が大好きですで、忌野清志郎のレコーディングは本当に良い出来だったので多くの人に聞いて欲しいというメッセージをいただきました。

たくさんいたので全部ご紹介できませんが、スタックスのスターや関係者が何人も来ていたのは、今年、スタックスのエンジンのような人だったドラマー、故アル・ジャクソンJr(Al Jackson Jr)が、メンフィス・ホール・オブ・フェーム(メンフィス音楽の殿堂)入りをすることになったためです。

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スタックスがたくさんのソウル・ミュージックを世に届けた成功の裏には、このアル・ジャクソンJrのきっちりとしたリズムをきざむドラムがあったからと言われています。超有名なのは、Booker T & MGの名曲「グリーン・オニオン(Green Onions)」
その名曲の原動力でした。

この曲はあまりにも有名なので、ソウルやR&Bなどのアメリカ音楽に興味のない人でも、その辺で耳にする、空気みたいなあるのがあたりまえすぎる曲になってしまっています。

アルは、上記のスティーブ・クロッパーと一緒にバンドで演奏して、スタックスを牽引していましたが、1975年に39歳の若さで亡くなってしまいました。

我が家の双子のカール&アランのプロデューサー、ドナルド・ブラウン(Donald Brown)も若い頃、スタックスのスタジオ・ミュージシャンでした。それは、このアル・ジャクソンJrに出会ったことで始まり、音楽的に大きな影響を受けたということ。カール&アランもその流れを受け継いでいる所があります。

そんな話しをデビッド・ボーターと話して、一緒にしんみりと感傷的になりました。

いろんな人たちがずーっと一生懸命がんばってくれていて、今、双子を含めて若い世代に受け継がれていることがとてもうれしいことです。

スティーブ・ジョーダンは、スタックス・ミュージック・アカデミーに時々指導に来てくれていますが、このイベントで演奏した学生たちに一生懸命話してエールをおくってくれていました。

スタックス・レコードはなくなってしまいましたが、その栄華と伝統は今も脈々と受け継がれています。



 

スプーナー・オールダム(Spooner Oldham)のCDリリースパーティに行ってきました。
メンフィスのスタックス博物館です。

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スプーナー・オールダムは、アラバマ州のマッスルショールズという有名音楽を次々と世に送り出した有名レコーディングスタジオで、アリサ・フランクリン、ボブ・ディラン、パーシー・スレッジなど、世界音楽史に残る名曲を演奏したキーボード奏者。その他にもツアーをした人は、リンダ・ロンシュタット、ニール・ヤングなど、セッションミュージシャンとしては、エヴァリー・ブラザーズ、リタ・クーリッジ、レターメン、ジャクソン・ブラウンなど大物が数えきれず。

検索したら、この有名な曲もあの有名な曲もこの人が演奏したのがわかって、びっくりするほどたくさんの世に残る名作をつくり出した影の立役者でした。本当に知る人ぞ知るミュージシャンです。日本にも根強いファンがたくさんいるようです。

スプーナーは70年代メンフィスのスタジオで働いていたこともあったとのことで、リリースパーティには友人知人などメンフィスの音楽関係者も多く出席して、なかなかおもしろい面々がそろったイベントでした。

スタジオミュージシャンとしてレコーディング、そして多くのミュージシャンとツアーに出て活躍したものの、自身のアルバムは今回再プレスされた「ポットラック」一枚のみ。それも1972年レコーディングしたものの、多くの人目に触れることのなかったものです。それが復刻版として世に出ることになりました。

スタックス博物館のスタジオAでのトークショーでは、スプーナーが、CDのこと、マッスルショールズスタジオやいろいろなミュージシャンとのレコーディングの時の思い出話をしてくれました。

現在72歳だそうですが、飾らず、平常心で話すスプーナーが、とつとつ、たんたんと語る姿からは、本人の音楽に対する姿勢もしのばれます。

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実演もあり、演奏して歌をうたってくれました。

見覚えのある楽器だと思ったら、近くのロイヤルスタジオの年代物フェンダー・ローズ。

スプーナーのキーボード演奏は、まさに話しぶりと同じで、淡々としたものでした。
決して派手さはないけれど、歌手を盛り上げる縁の下の力持ちとしての力量がしのばれる演奏でした。

サイン会で少し会話しましたが、気さくな人です。
日本は何度か行き、気に入っているのでまた行きたいと言っていました。

こちらが、42年ぶりに復刻された、アルバム、「ポットラック」。
持ち寄りパーティなどによく使われる言葉で、「持ち寄り」という意味です。



帰り道に車でアルバムを聞きながら帰りました。

42年前の歌声と今の歌声が全く同じで、びっくりしました。
変えないスタンスでずっとやってきているのでしょう。

アメリカ音楽の歴史はこういう人たちによってささえられています。
一本気な職人気質が彼の奏でる音楽と歌声にでていて、根強いファンがいるということにもうなずけました。

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こちらがスタックスでつくったイベントポスター。

スタックスは多くのミュージシャンを応援しています。





「来るときカメラ持って来て写真とってね!」

「はいは〜い!」

と、気軽に答えてスタックスミュージアムで撮った撮影がこれです。

スタックスに双子のCDリリースイベントのことで打ち合わせに行くついでに頼まれました。

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ソウルミュージックの殿堂、スタックスミュージアム(Stax Museum of American Soul Museum)の入口の上の看板です。

メンフィスの有名歌手、アル・グリーン(Al Green)がその功績を認められて今年のケネディセンター功労賞(Kennedy Center Honors)受賞者五人の一人に選ばれたことを祝うものです。

ケネディセンター功労賞は、音楽、ダンス、舞台、オペラ、映画、テレビなど、アメリカの舞台芸術界に功労が大きい人たちに贈られる賞で、毎年5人が選ばれます。今年は、37回目。一緒に受賞する人は、俳優のトム・ハンクス(Tom Hanks)、ミュージシャンのスティング(Sting) など。

12月の初旬にある授賞式は歴代の大統領夫妻もむかえる大きなイベントで、国をあげての文化事業となっています。



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私は、双子がお世話になったことがきっかけでスタックスで時々写真撮影をするようになりましたが、その写真が思いがけないところに届けられることが時々あります。

それで、撮影してから、この写真は何に使うのかと聞いたら、アル・グリーン本人にこうやってお祝いしていることを知らせるために送るそうです。

本人に送るのなら念のため、と、こちらも撮影しました。
スタックスの歴史を物語る立て看板つきです。

スタックスのことは、スタックスその1にも書きましたが、ここは、ソウルミュージックの歴史を飾るレコードレーベルの博物館です。もともとは映画館だった建物なので、入口上に看板がついています。

そして、アル・グリーンはスタックス系列のレコードレーベル、ハイレコード(Hi Records)から出たソウルやゴスペルの大きな功労者のひとりです。


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左側がアル・グリーン。
ソウルミュージックで世界を制覇している頃の写真です。右側は、名プロデューサーとして知られていたウィリー・ミッチェル(Willie Mitchell, 1928-2010)。この二人のコンビがすばらしかったと今も語り継がれています。

この写真は、アル・グリーンがヒット曲を録音したロイヤルスタジオ(Royal Studios)の中に大きく引き延ばされて飾ってあります。

ウィリーの息子のローレンスが、スタックスからさほど遠くないところにあるスタジオの後継ぎとして活躍しています。スタジオを案内してもらったときに撮影させてもらいました。

アルは、現在、メンフィスの教会で牧師として活動しています。

長年並々ならぬ努力をたゆまず続けた人だけに贈られるケネディーセンター功労賞。

アル・グリーンさん、受賞おめでとうございます。



こちらで昨年の授賞式の様子のビデオをお楽しみください。






 

私がメンフィスで音楽と関わるようになったのは、息子たちが高校生のときにこの地に引越してきて、音楽を勉強したからです。
しかし、音楽のドアが大きくあき始めたのはスタックス(Stax)の付属スタックスミュージックアカデミー(Stax Music Academy)に彼らが通うようになってからでした。

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これがスタックスの博物館。1950年代から70年代まで世界を沸かせたソウルやR&B音楽をたくさん生み出したスタックスレコードの建物を復元したものです。スタックスがなくなって建物は取り壊されてしまったのですが、10数年ほど前、同じ場所に同じような外見で建物が復元されました。

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展示物には、アカデミー賞オスカー像があります。
スタックスの大物ミュージシャン、アイザック・ヘイズが映画音楽「シャフト」(Shaft 1971, 日本語名、「黒いジャガーのテーマ」)を書いてアカデミー歌曲賞を受賞したときのものです。

スタックスの何たるか?を全然知らないでスタックスに通い始めた私にとってもこの曲は耳慣れた音楽でした。探偵映画のサスペンス風景が目に浮かぶ有名な曲であちこちで耳にする曲です。

他の展示物は、スタックスというレコード会社が、人種差別の激しい時代、メンフィスという街で、黒人も白人も一緒に音楽に情熱を注いだその歴史をひもとくものです。

展示物は往年のスターたちの写真や思い出の品々。
スタックスといえば、アイザック・ヘイズ、オーティス・レディング、ブッカーT&MGなどですが、一世を風靡したブルースブラザーズのスティーブ・クロッパー(Steve Cropper 1941~)もスタックスの立役者。全部説明するとても長くなるので今回は省略しますが、有名人の名前がずらっと並びます。


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これは、オーティス・レディング(Otis Redding 1941-1967)が受賞したグラミー。
ビルボードで一位に輝いた「ドック・オブ・ベイ(原題 (Sittin' on) The Dock of the Bay」を歌った歌手もスタックスの人でした。

この曲も本当によく耳にする曲ですね。オーティスの歌う原曲もよく聴きますが、ものすごくたくさんカバーされているので飛行機やエレベーターなどで何気なく流れている曲のひとつです。

飛行機事故で26歳の若さでこの世を去った人ですが、音楽界に残した影響力の非常に大きいことは有名で、ヨーロッパではビートルズをはじめとして多くのミュージシャン、日本では忌野清志郎が影響を受けているそうです。

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双子の高校の先生が、音楽を本格的にやりたいのなら、メンフィスのスタックスミュージックアカデミーに行ったら?というのでさがしてたどり着いたのがここです。アカデミーはミュージアムのおとなりにあります。

ここに息子たちが通った2年間、私もボランティアとして関わることになり、メンフィス、そしてアメリカの音楽について多いに学ばせてもらいました。(まだまだ修行中です。)

正直に言うと本当に何も知らないで行きはじめたところです。双子たちの「本格的な音楽を学びたい!」という情熱に動かされ、アカデミーの門をたたきました。

犯罪率が高く、教育などいろいろな問題を抱えているメンフィスを活性化させるため、アカデミーは主にあまり恵まれていない家庭の子弟を教育する機関ですが、志さえあればオーディションを受けてプログラムに参加することができます。


本当は、メンフィスのちょっとあやしげな地区にあるスタックスに通うのはちょっとドキドキでしたが、時々立ち寄ってくれるミュージシャンはグラミー賞受賞、ノミネートという人がいっぱい。よくもわからないままなんだかすごいところかもしれないと思い始めました。

最初、ロックンロールのスターになりたいと思っていた双子たちは、R&Bセクションがいっぱいだからと地味なジャズセクションにまわされました。本人たちは、最初がっかりしていましたが、それがあとになって大きな意味を持つようになるとは知る由もありませんでした。

こうして、メンフィスの双子ジャズミュージシャンの音楽ジャーニーがはじまったのでした。

この続きはまた…


音楽の都、メンフィスといえばビールストリート。
ブルースで知られるメンフィスの目抜き通りにはライブハウスがたくさん立ち並び、歩道には音楽界に功労したメンフィスゆかりのミュージシャンの名前がついた大きな音符のプレートが埋め込まれています。

今日は、ビールストリートの歩道に加えられる新しい音符プレート授与セレモニーに出席してきました。今回功績をたたえられるフロイド・ニューマンは81歳のサックス奏者です。

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一緒に演奏した有名ミュージシャンは、アイザック・ヘイズ、ブッカーT&MGsなど、メンフィスゆかりのスタックスレコードのミュージシャンにはじまります。そして、フランク・シナトラ、サミー・デイビスJr、テンプテーションズ、ディオンヌ・ウォーウィック、ジェリー・リー・ルイス、などアメリカ音楽界に君臨する大御所の名前がずらりと並ぶ、知る人ぞ知るアメリカ音楽界の貢献者です。

10代の頃から頭角を現し、高校に通いながら夜はクラブで演奏、放課後はスタックスレコードに通い詰めてスタジオミュージシャンをしたというものすごい働きものだったそうです。今日のスピーチでは、華々しい自分の経歴については他の人のスピーチにお願いして、自分では、いろいろなミュージシャンを発掘し、育てたことを話していたのが印象的でした。

後にグラミー賞や、映画の主題歌を書いてアカデミー歌曲賞ももらうことになる若きアイザック・ヘイズ(故人、1942-2008)に才能を見抜いてスタックスに紹介したのもフロイドでした。ボロボロの服を着て、ピアノも右手でしか演奏ができなかったけれど、絶対音感があることに注目したそうです。左手も教えたらすぐに飲み込んで演奏ができるようになったので、「この子はいける!」と、スタックスレコードに連れていったそうです。

フロイドがいなかったら世界の音楽の歴史が変わっていたかもしれません。

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アイザック・ヘイズの音符プレートです。
フロイド・ニューマンの音符プレートもこのように、ビールストリートの歩道に仲間入りする予定です。

多くの人は知らない事だそうですが、アイザックは最初は、ソウルミュージックでなく、ジャズミュージシャンになりたかったのだそうです。メンフィスで、こうしていろいろなエピソードが実際に本人から聞けることが本当に楽しいですね。

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こちらが、ビールストリート。
世界的に有名なブルース歌手、B.B. キングなどが世の中に出て行きました。B.B.はブルースボーイの頭文字です。たくさんのクラブからレベルの高いライブミュージックが聞こえてくる音楽通りです。

音楽功労者の音符プレートは、エルビス・プレスリー、ジェリー・リー・ルイス、アイザック・ヘイズ、B.B.キングなど。日本で聞いたことのある世界的に有名な大御所音楽家の名前が多く、メンフィスの音楽の層の厚さを感じることができます。

そして、大御所たちが大御所たれる所以はフロイドのようなすばらしいミュージシャンがいてこそのことです。そしてメンフィスはそういう人たちをたくさん輩出しています。

このイベントには、我が家の双子が高校時代、スタックスミュージックアカデミーで勉強したご縁で招待してもらいました。スタックスは1950年代、60年代、ソウルミュージックで世界を制覇したレコード会社。ビートルズなどにも大きな影響を与えたというソウルやR&Bで有名なレコードレーベルです。

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セレモニーのあと、個人的にお話を伺いました。とても気さくですてきな人です。何より、音楽を語るときの真剣なまなざしが印象的でした。目がきらきらと輝き、本当に楽しそうに語ってくれるので、音楽にかける情熱のすごさを肌で感じました。

二男二女のお父さんだそうです。全員立派に育ってしっかりやっていると自慢してくれました。そして彼の功労の大きな原動力は長年連れ添った奥様にあるそうです。

とてもすてきなご夫婦でした。


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