Jazz Twins

双子の若手新進ジャズミュージシャンの母がアメリカ南部メンフィスから、見て、聞いておもしろいことを発信します。

カテゴリ: 音楽スタジオ

カール&アランが20歳の最後を飾ってこの3月、セカンドアルバムレコーディングに挑戦しました。


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メンバーは、左から、グレゴリー•ターディ(サックス)、プロデューサーのドナルド•ブラウン、アラン、カール、アーロン•ゴールドバーグ(ピアノ)、ビル•モブリー(トランペット)。双子以外のみなさん全員が世界のトップアーティストというとても光栄な組み合わせです。

Donald producer


プロデューサーは双子が尊敬するドナルド•ブラウン。ドナルド•ブラウンは、1980年代、ジャズの巨匠アート•ブレーキーの率いるジャズメッセンジャーズにいたメンフィス出身のレジェンド。双子は17歳でブラウン師匠に見出されて弟子入りし、1枚目に続き、2枚目のアルバムもブラウンプロデュースです。アメリカが誇るケニー•ギャレットのプロデュースも手がける名プロデューサーですが、音の感覚、バランス、どれもとっても天才的、というか、天才です。

ジャズレジェンドをたくさん生み出したメンフィスで音楽の洗礼を受けたカール&アランなので、このプロジェクトはメンフィスにこだわってメンフィスのMusic + Arts Studioでレコーディングです。

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そして、世界のトップアーティストがリハーサルに集ったのは、スタジオでなくて、なんと!我が家の居間。ワールドクラスの音楽が我が家に流れる中、私は、みんなのご飯を作ったのでした。

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真剣な顔でドラム演奏に取り組むカール

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そしてベースのアラン。真剣に音楽を作りながら、憧れの先輩たちの音楽のシャワーが楽しくて仕方ありません。

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レコーディングでは想像以上のとても良い音楽が出来上がったので、師匠と弟子に笑顔がこぼれました。

待望のセカンドアルバムは年内にリリースの予定です。
お楽しみに!

メンフィスのロイヤル•スタジオでレコーディングのお手伝いをしました。

演奏者は、メンフィスが誇る世界のホッジズ兄弟など、メンフィスの錚々たるミュージシャンが勢ぞろい。
メンフィスの有名音楽スタジオ、ロイヤル•スタジオのレコードブランド、ハイ•レコードのハウスバンドのハイ•リズム•セクション(High Rythm Section)メンバーとしてメンフィスの音楽を世界的に有名にした立役者たちです。

Hodges Leroy golden discs
飾ってあるゴールデン•ディスクの全部で演奏した様子を説明してくれたリロイ•ホッジズ(Leroy Hodges, 1950~)

ロイヤル•スタジオといえば、グラミー賞8回受賞のアル•グリーン(Al Green)がレコーディングして有名になったことで有名。あまりに有名な曲なため、ソウル•ミュージックファンでなくとも、彼らが伴奏した音楽を聴いたことのある人も多いはずです。

スタジオの壁には数々のゴールデン•ディスクが飾ってあり、このゴールデンディスク全部の演奏に参加してロイヤル•スタジオからの世界最高峰の音楽を作り上げた影の立役者がホッジズ兄弟なのです。

生の演奏は初めて聞きましたが、楽器を魔法使いのように使いこなし、何気ない音一つ一つにも創意工夫と思い入れが詰まって聞く人を唸らせます。
その妥協のない音は弾くごとに研ぎ澄まされ、出来上がった音楽には鳥肌が立ちました。


Hodges Chales Fender

お兄さんのCharles Hodges Sr.   (1947~) ハモンドオルガン、ピアノ、キーボード奏者。
妥協がなく、とことん音を追求する姿に世界のトップ奏者の執念が伺われます。
写真ではヴィンテージのフェンダー•ローズのキーボードを演奏しています。


二人とも10代前半からミュージシャンだったお父さんのバンドで演奏して腕を上げ、10代後半でロイヤル•スタジオ•オーナー でトランペット奏者、ウィリー•ミッチェル(Willie Mitchell)に見出されてスカウト。

最初は、兄でギタリストでグラミー賞受賞曲の作曲家、ティニー•ホッジズ(Teenie Hodges 1945-2014)がハウスバンドに参加。その後この弟たちも参加し、グラミー賞8回受賞のアル•グリーン(Al Green)とレコーディング、世界的なヒット曲を次々と生み出して世界各地をツアーしました。
メンフィスの音楽を世界に知らしめたのです。

日本にはもう何度も行ったことがあり、今年も4月にツアーが予定されているそうです。

生演奏は聞くと、鳥肌が立ちます。

Hodges Leroy

ベースを演奏するリロイ。
淡々とリズムを刻み、すごい音楽のベースを紡ぎあげます。


Hodges, Charles


チャールズさんはハモンドオルガンで有名ですが、しっかり、しっとりした演奏にオリジナリティーがバッチリ。本当に惚れ惚れします。

お二人とも大変気さくで、飄々としていてとても楽しい人たちです。
一緒の写真も楽しく撮らせていただきました。

メンフィスに来て素敵な音楽にたくさん出会いますが、今回もまた特にうれしい音と人との出会いでした。

多くの人に聞いてもらいたい音楽は、リリースの詳細が決まったらまたブログでご紹介いたしますのでお楽しみに!
 

双子がレコーディングしたばかりの、メンフィスにあるロイヤルスタジオが今注目を浴びています。

今話題の歌手、ブルーノ・マーズ(Bruno Mars)がロイヤルスタジオでレコーディングした曲が、ヒットチャートのナンバーワンになって全米を沸かせているのです。

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ピアノの鍵盤の絵が書かれている階段を登ってこの入口から入る、このスタジオです。
入るときからファンキーな気分になってしまいます。

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このレトロなスタジオで今回の大ヒット曲が生まれました。

前にも言いましたが、かなり古い印象なのに、なぜ、世界中からすごいミュージシャンがやってきてレコーディングしたがるのか、本当に不思議です。

最新式の機器とはほど遠いコントロールルーム、楽器も古いし、21世紀のこの時代においてここは大丈夫なのか? 
ちょっと不安になりそうな場所なんです。

でも、双子のレコーディングをしてみてわかったことは、思ったより曲がずっとよくできたということ。
レコーディングしてくれるスタジオオーナーのブーさんは楽しくユニークで、ミュージシャンを上手くその気にさせてしまいます。

ブルーノ・マースのレコーディングのときは、ブーさんのが家族総出でコーラスを担当。ブルーノが角で指揮をとってとても楽しかったのだとか。そういう雰囲気をミュージシャンと一緒に作り上げるのが上手なのでいろんなものが引き出されるのかもしれません。
もしかしたら、ミュージシャンがマジックを感じる場所なのかもしれません。

とにかく、とっても不思議です。

「アップタウンファンク」はノリの良い楽しい曲で、思わず体が動きます。
こちらがその驚異的なヒット数になっているYouTubeビデオです。

画像をクリックしてお楽しみください。


 

双子たちが締め切りギリギリの学生音楽コンクールに応募することになり、急遽メンフィスのロイヤルスタジオでレコーディングしました。

左から作曲&ベースのアラン、ピアニストのベン、サックスのレジー、ドラムのカールです。
ベンは、スタックスレコードのスター、アイザック・ヘイズのバンドのピアニストを長年務めたベテランピアニストで現在は大学の先生。残りの3人はスタックスミュージックアカデミーで知り合った若い10代のジャズミュージシャンです。

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とにかく学生音楽コンクールのことを知ったのが締め切り間近の話しだったので、あれこれ試す時間はありません。手っ取り早くできるロイヤルスタジオでしっかりレコーディングをしようということになりました。

スタジオを見学させてもらって、いつか自分も…と思った双子にとって、びっくり、そしてあっという間の展開でした。


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応募する曲は一曲だけなので、日曜日の夕方2時間をブッキング。

楽器を運びこび、マイクをセットします。
サウンドチェックをして、準備が整ったところでまず一回目のレコーディングをしました。

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コントロールルームに戻って、プロデューサーのブーさんと一緒に音を聞きます。
夏にCDをレコーディングし、プロデューサー、ドナルド・ブラウン(Donald Brown)とエンジニアがミキシング(各楽器の音源を調整して音楽として完成させること)していく過程を間近に経験した双子は、自分たちの音に厳しくなったので、納得がいきません。

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作曲家、アラン・マグワイアがバンドメンバーに説明して仕切り直し、レコーディングをしては聞き込み、意見を出し合って、調整していきました。

10代の若いミュージシャンとはいえ、それぞれに音楽に思い入れがあってまとまらなくなりそうなところを、大学の先生のベンがうまくまとめてくれました。

テイク5でようやくそれなりのものが演奏できたところで、大急ぎで編集し、作曲コンクールに応募する作品’The Taimi' (ザ・タイミ)ができあがりました。

コンクール出品作は、ミキシングをしないラフなレコーディング作品を送らなくてはいけません。

ちなみに、タイミは、双子の幼なじみのフィンランド人の双子の名字です。あとからわかったことですが、taimiというフィンランド語の言葉は、苗とか芽という意味があるそうです。これから自分たちの若い芽をどんどん育てて行く彼らにとってぴったりのネーミングでちょっとびっくりでした。

締め切り前の最終日にアメリカ政府に著作権を申請する初体験もして、なんとかコンクールに間に合いました。

この頃は、オンラインで応募できるので学生音楽コンクールも世界中から瞬時に応募できます。
ちょっとドキドキしながらも、ギリギリセーフでした。

発表は6月です。
受賞は、さて、どうなるかわかりませんが、双子にとって、たくさん学べたとても良い体験だったことは確かです。







音楽の都、メンフィスには、伝説のスタジオと言われるスタジオがいくつかありますが、このロイヤルスタジオ(Royal Studios)もその一つ。

昨年ケネディーセンター功労賞を受賞したアル・グリーン(Al Green)が、1970年代、数々のグラミー賞受賞ヒット曲を世に送り出した拠点です。
プロデューサーでオーナーのウィリー・ミッチェル(Willie Mitchell)がプロデュースした アル・グリーンのレコードの総売上はなんと2千万枚以上だそうです。


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スタジオの玄関を入るとアル・グリーン(左)とウィリー・ミっチェル(右)の大きな写真が目に入ります。このガッツポーズは、レコーディングがうまくいったしるしでしょうか?

1910年代に映画館として建った建物は、1950年代にレコーディングスタジオとなりました。
建物は内部もその当時からあまり変わっていないようです。

ウィリー・ミっチェル亡き後は、息子でオーナーのローレンス・ブー・ミッチェル(Lawrence 'Boo' Mitchell)が後を継いでレコーディングを続けています。

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ポップな絵で装飾された楽しい外観です。

ソウルミュージック全盛時代を彩ったスタジオですが、
メンフィスが世界を制覇したソウルミュージックの時代は、80年代にディスコミュージックが台頭して終わりをつげます。

多くのスタジオが閉業したり、縮小していっている中、ロイヤルスタジオは、現在に至るまで活発にレコーディングを続けています。

ロッド・スチュワート(Rod Stewart)、トム・ジョーンズ(Tom Jones)、ジョン・メイヤー(John Mayer)など、世界の大物たちがこの古めかしいスタジオにレコーディングにやって来ます。

ハリウッド映画のサウンドトラックも多くがここでレコーディングされたそうです。
(映画音楽リストはこちらです。)

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こちらが内部の様子です。

外観もレトロですが、中に入るともっとレトロです。
もとは映画館だったので、床が傾いています。壁と天井は、防音のためか、断熱材のようなもので覆われています。

おいてある楽器もかなりレトロ。ビンテージと呼べるようなものばかりです。

左のドラムセットは、1960年代のもので、アル・グリーンの'Love and Happiness'をレコーディングしたときに使われたセットだそうです。右側のRhodesのキーボードもまさにビンテージ。かなり使いこんだ年代物です。


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こちらの方がオーナーでプロデューサーのブーさん。ローレンス・ミッチェルが本名ですが、みんなにブー(Boo)とよばれています。よく笑うとても楽しい人です。そしてなんといってもすごく気さく。ミュージシャンが心地よくベストの演奏ができそうなオーラをかもしだしています。

ここのスタジオは一つだけ。コントロールルームも一つで、ミキシングボードは1977年製。

バハマのスタジオから中古で買ったものだそうで、ここにやってくる前にAC/DCなどのレコーディングをしてすでにグラミー賞を続出させたボードなのだそうです。そして、ここに据え付けられてからもずっとグラミー賞作品を生み出している自慢のボードだそうです。

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ゴールデンディスクの数々と、レコーディングのテープです。

現代の音響機器はどんどん進化してどんどん新しいものになっているのですが、ここはどこかで時が止まったようになっています。それでも、世界中から超大物ミュージシャンがやってきて名曲が生み出されています。

時代に逆行しているようなのに、なぜなのでしょう?

友人は、ここに音楽のゴースト(お化け)が棲み着いていると言っています。
本当かどうかわかりませんが、言えることは、棲み着いていてもおかしくないようなところだということです。

ブーさんが、コントロールルームで音楽を聞いているとき、何かが乗り移ったようになるのが印象的でした。目を閉じて、音楽に集中して、すっと音楽の世界に入り込んでしまうのです。

ブーさんは、いろんな音楽をレコーディングしますが、「これは行ける!」というのは、聞いたらすぐにわかるのだと言っていました。

まだ世に出ていない超大物ミュージシャンの秘蔵作品なんかも聞かせてもらって超ラッキー!
双子ミュージシャンを連れての楽しい勉強ツアーでした。






 

我が家の双子がメンフィスで音楽修行をつむにつれ、先生たちによく言われたことが、「自分のVoice(声)をみつける」ということです。

声を出して歌うという意味ではなく、楽器を使って歌う、つまり、自分の心の声を音楽で表現することです。ドラムとベースというリズムセクションの楽器は、伴奏をしてリズムをきざむだけでなく、自分だけにしかできない心の音楽を演奏して観客にアピールできなければなりません。

メンフィスには自分の声をみつけて、世界へ飛び立って行ったミュージシャンたちがたくさんいます。後にそれぞれミリオンダラー(百万ドル)をかせぐようになった4人のミュージシャンたちもそうでした。

エルビス・プレスリー(Elvis Presley)、ジョニー・キャッシュ(Johnny Cash)、ジェリー・リー・ルイス(Jerry Lee Lewis)、カール・パーキンス(Carl Perkins)の4人です。

世界の音楽史に歴史を残した4人の若者が、偶然に集まり、楽しく音楽をつくった記念すべきスタジオがここ、サンスタジオ(Sun Studio)です。

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メンフィスの中心部にある、小さな、手作り感いっぱいのスタジオです。1950年に、レコード会社をもつことが夢だったサム・フィリップス(Sam Philips)がはじめました。

サムは、最初のロックンロールのレコードをレコーディングしたとして音楽業界に残した功績が大きく、また、人種差別激しい時代に人種の壁を超えて白人と黒人、両方の音楽を取扱ったことでも有名です。

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これがサンレコードのトレードマーク。

たくさんのヒットレコードをだして世界中に知られるようになったロゴですが、レコード会社オーナー、サムの高校の同級生、ジェイ・パーカー(Jay Parker)がたった50ドルでデザインしたそうです。

サン(Sun)は太陽という意味。太陽といえば朝日、朝日は、新しい一日のはじまり、そしてそれは新しいチャンスにつながるという発想で、にわとりと朝日をデザインしたそうです。

実際に新しいチャンスがたくさん生まれ、たくさんのミュージシャンがここでレコーディングして世界へ巣立って行きました。

一番有名なのは、なんといってもエルビス・プレスリー(Elvis Presley)。
1953年に自主制作レコードをサン・スタジオで録音したものの、特に見いだされることがないままだったのですが、あきらめずに通い続け、レコーディングにあらわれなかった歌手の代理としてレコーディング。そこからあれよあれよと言う間に大ブレイクしてしまいました。


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そして、1956年12月4日、火曜日、サンスタジオに前述の4人の青年が集ります。

これがそのときの様子を残す有名な写真で、現在もスタジオの壁にかかっています。

左から、ジェリー・リー・ルイス(Jerry Lee Lewis)、カール・パーキンス(Carl Perkins)、エルビス・プレスリー(Elvis Presley)、ジョニー・キャッシュ(Johnny Cash)。

3人はすでに亡くなりましたが、つい最近80歳の誕生日をむかえたジェリー・リー・ルイスは現役ミュージシャンとして活躍しています。

もともとは、すでにミュージシャンとして成功していたカールのレコーディングに新人ジェリー・リーが加わることになっていました。そこにふらっと立ち寄ったのがすでに有名になっていたエルビスとジョニー。一緒に演奏したら楽しくて仕方のないハイレベルミュージシャンが集ったわけですから、当然のようにそれぞれが楽器を演奏し、歌って、ジャムセッションが始まりました。

このチャンスを逃してはいけないと、レコーディングエンジニアが録音をしたのでこのジャムセッションの様子はレコードとして世に出ることになります。偶然はじまった歴史的セッションは、新聞社に連絡されて写真撮影され、次の日の新聞に「ミリオンダラーカルテット」と銘打った記事が掲載されました。

参加した4人全員がとても有名になり、それぞれがミリオンダラー(100万ドル)を稼ぐようになったのです。そのお話は後に、「ミリオンダラーカルテット」というミュージカルになり、日本でも上演されました。

メンフィスのスタジオでは、現在も、ミュージシャンがレコーディングするとき、仲良しのミュージシャンが様子を見に立ち寄って励ます伝統が続いています。

双子のレコーディングのときにも、プロデューサーのお友達のミュージシャンが立ち寄って若い二人を励ましてくれました。ジャネット・ジャクソン(Janet Jackson、マイケル・ジャクソンの妹)やアイザック・ヘイズ(Isaac Hayes)という世界的に知られる歌手のバンドメンバーという人たちがやって来て、メンフィスの音楽の層の厚さにびっくりしたものです。

ミリオンダラーカルテットの時代からあって今も脈々と続く、このふらっと立ち寄れるオープンさがメンフィスの音楽の奥深さにつながっているような気がします。

メンフィスに来たらふらっとお立寄りください。

そこから何かが生まれるかもしれません。





 

メンフィスには伝説のレコーディングスタジオがいくつかあります。
スタックスのように今はなくなってしまったスタジオもありますが、現在もその存在を世界にアピールし続けているのがここ、アーデントスタジオ(Ardent Studios)です。



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レコーディングした人たちは、メンフィスから世界へと羽ばたいて行ったアイザック・ヘイズ、サム&デイブなどのスタックスミュージシャンもたくさんいましたが、レッド・ツェッペリン、ボブ・ディランなど「おおっ!」というミュージシャンのオンパレード。つい最近はスティービー・ワンダーがレコーディングをしました。

日本からは忌野清志郎、中島美嘉などがここでレコーディングしていったそうです。

そして、我が家の双子ジャズミュージシャンが最初のアルバムをレコーディングしたのもここです。

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スタジオの壁にはたくさんのゴールドディスクとプラチナディスクが飾られてその歴史を物語っています。グラミー賞受賞作品もたくさんここから生み出されました。

創立者は、機械いじりが大好きで、特にラジオを組み立てるのが大好きな少年だったそうです。その趣味が嵩じてレコーディングスタジオを作ったのだとか。最初は実家のガレージで録音していたのが、規模が大きくなって何度か引越し、現在の場所にたどりついたのは1971年のことです。

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この写真の右側がスタジオ創立者ジョン・フライ(John Fry)です。
音楽業界では、ミュージシャンのモチベーションをあげるのがとても上手なことで有名で、実力を存分に発揮したレコーディングをさせてくれると評判が高い人です。メンフィスだけでなく全米の音楽業界の重鎮で、全米音楽スタジオ協会(SPARS)会長なども務めました。笑顔のすてきな人です。

左は、双子ミュージシャンの恩師でプロデューサーの、ドナルド・ブラウン(Donald Brown)。
世界的に有名なジャズピアニストで、プロデューサー、そして大学教授です。若い頃はスタックスのスタジオミュージシャンとしてこのスタジオで録音したので、二人は長いおつきあいだそうです。


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スタジオはA,B,Cと3つあります。これはスタジオAのミキシングルーム。
ミュージシャンが演奏したあとでレコーディングしたものをみんなで聞いて厳しく吟味します。双子のレコーディング時の写真です。

アーデントスタジオは、スタッフの皆さんが心底音楽が好きなのが感じられ、訪れて楽しいところでした。

双子のジャズミュージシャンたちもここから巣立ったすばらしい先輩たちの後に続けますよう…







 

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