メンフィスのスタックスミュージアムに往年の栄華を飾ったスタックスレジェンドが一堂に会しました。
この100人ほどが参加したレセプションでは招待された日本人は私一人。

スターと直接お話できて、超ワクワクする楽しい時間を過ごし、スター・オーラを浴びまくる楽しい体験をしてきました。

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こちらは当日来てくれたレジェンドのほんの一部。
同級生たちが久しぶりに集ったように、みんな大喜びでワイワイガヤガヤと本当に楽しそう。
外野の人たちもそれを見てみんなニコニコでした。

一番左は、Floyd Newman(フロイド・ニューマン)。以前、メンフィス・ビール・ストリートに埋め込む音符授与式に参加してブログに書いた人です。

久しぶりに会ったら覚えていてくれて、またまた昔話をしてくれました。
今年亡くなったBBキングのオリジナル・バンド・メンバーの最後の生き証人だそうです。BBキングも亡くなって今当時を語れるのはこの人だけになってしまいました。

前列左から3人めのスーツ姿は、エディー・フロイド(Eddie Floyd)
「ノック・オン・ウッド」というスタックスの大ヒット曲で世界に名前を残した人です。
スタックスの大スター、エディーですが、話したら、めちゃくちゃ気さく。
スターは気さくなんですね〜

そのおとなりの眼鏡の紳士が、アメリカ音楽界に名を馳せるスタックスの作曲家、デビッド・ポーター(David Porter)
正式に登録されている曲は1700曲を超え、グラミー賞受賞曲は5曲、楽曲提供は、アリサ・フランクリン、マライア・キャリー、セリーヌ・ディオン、トム・ジョーンズなどたくさんのアーティストにしており、現在は、若手アーティストを育てることにも積極的な、アメリカ音楽歴史そのもののような人です。

右から2番目がスティーブ・ジョーダン(Steve Jordan)
この人はスタックスの人ではありませんが、若くしてスティービー・ワンダー・バンドで出発。右端のスタックスのスティーブ・クロッパーと一緒にブルース・ブラザーズ・バンドで活躍。若い頃は日本の郷ひろみのバックを務め、世界の有名な人がみんなこの人と演奏したがる、今超売れっ子のこれもまたアメリカ音楽の歴史をつくっているドラマーです。
日本人の私には、郷ひろみの思い出話をしてくれました。

一番右は、スティーブ・クロッパー(Steve Cropper)
この人ぞ、スタックスの歴史という人です。有名な曲をたくさん弾いてくれたギタリストで、エレキギターを弾くと、未だにほんとにぶっとぶすごい演奏をしてくれて日本でも根強い人気の人。スタックス・レコードの名曲の他、ブルース・ブラザーズの演奏で特に有名ですが、日本には毎年のように演奏ツアーに出かけています。スタックスの大ファンだった故忌野清志郎のツアーにも参加。レコーディングもしています。日本には来年3月にツアー予定だそうです。日本が大好きですで、忌野清志郎のレコーディングは本当に良い出来だったので多くの人に聞いて欲しいというメッセージをいただきました。

たくさんいたので全部ご紹介できませんが、スタックスのスターや関係者が何人も来ていたのは、今年、スタックスのエンジンのような人だったドラマー、故アル・ジャクソンJr(Al Jackson Jr)が、メンフィス・ホール・オブ・フェーム(メンフィス音楽の殿堂)入りをすることになったためです。

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スタックスがたくさんのソウル・ミュージックを世に届けた成功の裏には、このアル・ジャクソンJrのきっちりとしたリズムをきざむドラムがあったからと言われています。超有名なのは、Booker T & MGの名曲「グリーン・オニオン(Green Onions)」
その名曲の原動力でした。

この曲はあまりにも有名なので、ソウルやR&Bなどのアメリカ音楽に興味のない人でも、その辺で耳にする、空気みたいなあるのがあたりまえすぎる曲になってしまっています。

アルは、上記のスティーブ・クロッパーと一緒にバンドで演奏して、スタックスを牽引していましたが、1975年に39歳の若さで亡くなってしまいました。

我が家の双子のカール&アランのプロデューサー、ドナルド・ブラウン(Donald Brown)も若い頃、スタックスのスタジオ・ミュージシャンでした。それは、このアル・ジャクソンJrに出会ったことで始まり、音楽的に大きな影響を受けたということ。カール&アランもその流れを受け継いでいる所があります。

そんな話しをデビッド・ボーターと話して、一緒にしんみりと感傷的になりました。

いろんな人たちがずーっと一生懸命がんばってくれていて、今、双子を含めて若い世代に受け継がれていることがとてもうれしいことです。

スティーブ・ジョーダンは、スタックス・ミュージック・アカデミーに時々指導に来てくれていますが、このイベントで演奏した学生たちに一生懸命話してエールをおくってくれていました。

スタックス・レコードはなくなってしまいましたが、その栄華と伝統は今も脈々と受け継がれています。