Jazz Twins

双子の若手新進ジャズミュージシャンの母がアメリカ南部メンフィスから、見て、聞いておもしろいことを発信します。

ご近所のジャズライブにでかけてきました。

近所に新しく出来たお店はメンフィスとその近郊で人気のレストランチェーン、ヒューイズ(Huey's)。
レトロな内装でメニューはハンバーガーなどのアメリカ料理です。こちらの人は家で料理をすることが少ないのでこういうカジュアルなレストランが人気です。

カジュアルながらも週末にはライブミュージックがあります。

そして、カバーチャージなしのお手軽ライブが、世界的に活躍するミュージシャンだったりするのがこのメンフィスの楽しいところです。


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こちらが今回ライブ演奏をしたブライアン(ブリーズ)カヨールカルテット。

左からアルビー・ギバン(Alvie Givhan - キーボード)、トニー・ロナルド(Tony Lonardo - ドラム)、リーダーのブライアン・ブリーズ・カヨール(Brian Breeze Cayolle)、そしてボブ・サンダ(Bob Sunda - ベース)。

みなさんベテランのすばらしい演奏者です。

メンフィスのミュージシャンは楽器を歌わせることができると評判ですが、この人たちもそうです。それぞれのソロを聞くと、楽器が歌って踊っているような不思議な感覚を楽しむことができます。


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リーダーのブライアンは、ニューオリンズ出身のサックス、クラリネット奏者です。(写真右から二番目)ニューオリンズのR&B功労者として世界的に有名なアラン・トゥーサン(Allen Toussaint)のバンドメンバーで、世界じゅうをツアーする人ですが、メンフィスにいるときは、このように地元のジャズファンを喜ばせてくれます。

日本では、ブルーノートビルボードという有名ジャズライブハウスで演奏する人なので、これがこの至近距離でこの値段!?と思うととても得をした気分です。

しかも、私たちの席は最前列で、インターミッションには本人自ら私たちのテーブルでおしゃべりというパーソナルサービスつきです。

ブライアンのサックスやクラリネット演奏は、彼のストーリーがぎっしりつまっていて、最初の音色から最後の音までブライアンらしくほれぼれします。歌も上手で、これがニューオリンズぽくて渋いのです。

出身のニューオリンズを拠点に演奏活動をしていましたが、2005年のハリケーンカタリーナで自宅が壊滅したそうです。演奏旅行で立ち寄ったメンフィスに家族も呼び寄せて拠点を移しました。

メンフィスにきて、メンフィス郊外の楽器店で中高生むけのレッスンをはじめたら、これがまた評判で生徒がたくさんいっぱいいるのだそうです。この演奏スキルで、この気さくな人柄。レッスンを受けさせたい親御さんが多いのもうなずけます。



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演奏のおまけは、かわいらしい少年たちの演奏です。

左のサックス奏者はオールディンくん(Auldin)15歳、トランペット奏者はアーロン君(Aaron)、なんと13歳です。
キーボードのアルビーの息子くんたちですが、本当に堂々とした大人顔負けの演奏をします。これからが楽しみな二人の演奏に観客も暖かい拍手を送っていました。

メンフィスはミュージシャンの層が厚いと常々感じますが、こうやって若いうちにハイレベルのプロミュージシャンと一緒に人前で演奏する機会を得られるのがすばらしいと思います。

こうやって飛び入り演奏することを、'Sit in'(シットイン)というのですが、我が家の双子がはじめてシットインさせてもらったのは、彼らのお父さん、アルビーのバンドでした。ビールストリートのキングスパレスというライブハウスで演奏させてもらったのは2年10ヶ月前、双子が15歳のときです。

先輩から後輩へ、肩肘はることなく、カジュアルに伝統が受け継がれていく音楽をカジュアルに楽しめるご近所ライブ。見て、聴いて、うれしいライブでした。







メンフィスもクリスマスが近づいてきました。

11月21日(金曜日)に、エルビスの館、グレースランドクリスマスライト点灯式があると聞き、エルビスファンのヨーコさんと一緒に出かけてきました。

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エルビスは青が好きな色だったそうなので、テーマカラーは青。
グレースランドへ続く小径を青いライトが照らします。
深い青色かと思っていたら空色の青だったのが印象的でした。

右側に見えるのは、エルビスの時代からのかざりで、キリスト生誕の様子をあらわしたものです。

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毎年、この点灯式には、有名人が来てボタンを押すセレモニーがあります。今年のスターは、ジョン・ステイモス(John Stamos)でした。

こちらがジョンの写真です。目の前を通り過ぎるときにシャッターを押したのですが、颯爽と流れるように歩いて行く姿にみとれたせいか、映像もちょっと流れました。

さすがハリウッドスターはスターオーラがあります。
実物は写真よりずっと存在感がありました。

ジョンは、ハリウッド映画やテレビの俳優です。日本では、90年代にNHKで放送されたフルハウス(Full House)というファミリードラマ主演で有名です。エルビスファンのミュージシャンでCDデビューは日本で果たす(作中)というジェシー役を演じて日本でも人気でした。

ほのぼのとした楽しい番組だったので私もよく見たものです。

グレースランドではipadで説明を見聞きしながら歩けるセルフガイドツアーができますが、そのツアーガイドの声がこのジョンだそうです。

少し小雨もぱらついたので、5分前に行ったのですが、それでも最前列でスターを見られるのはメンフィスならでは。

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クリスマスシーズンには、グレースランドのキップ売り場前の広場にギター、ハープ、ピアノなどのイルミネーションが飾られて、散策することができます。

これから1月8日のエルビス誕生日の時期まで世界中からやってくる観光客を楽しませてくれます。

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点灯式は夜の6時からだったのでグレースランドの中には入れませんでしたが、クリスマスシーズン中のグレースランドは、クリスマスデコレーションでお客様をお迎えしてくれるそうです。






 

For English original see below

ドアを開けたら、ドラム、シンバル、パーカッションでいっぱいのドラムづくしおもちゃ屋さんのようなメンフィス・ドラム・ショップ(Memphis Drum Shop)。ドラマーでなくとも、このドラムワンダーランドに一旦入ったら、色とりどりのドラムやキラキラ光るパーカッションに圧倒されてつい手を出したくなってしまいます。

3年半前にメンフィスに引っ越してみつけたドラムショップ。我が家のドラマー、カールが、レッスンに通って本物のドラムワールドに接し、大きく成長するきっかけになりました。そのオーナーがジム・プチ(Jim Pettit)です。背が高くてハンサムな紳士という言い方がぴったり。ジャズが大好きで、自身もジャズとロックドラマーのジムは、仕事も趣味も全部ドラムという人生が楽しくて仕方がないそうです。

ドラムショップは、日本製の製品も多く扱い、日本にも顧客をたくさん持つ知る人ぞ知るショップなのに、日本語のちゃんとした情報がないようなので、Jazz Twinsブログのインタビューシリーズの第一回はジムにお願いしました。


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テネシー州ドレスデン(Dresden)という人口約3千人ほどの小さな街出身のジム少年は、12歳のときにドラムを見てこれを生涯の仕事としたいと強く感じました。その後学生時代にシカゴのドラム専門店に行き、ドラムが並ぶ店内に立つと、「これだ!」と、決意を新たにしたのです。

テネシー州立大マーティン校でビジネスを専攻。音楽を副専攻してパーカッションを学びました。それまで自己流でたたいてきたドラムをちゃんと習ったのは大学生になってからのことです。

大学を卒業する頃にはプロ仕様になっていたジムのドラムは、大学の先生の紹介でプロのバンドのオーディションを受けて採用されます。約2年バンドとツアーし、ニューヨークにも滞在。滞在中は、カウント・ベーシー(Cound Basie)バンドの有名ドラマー、パパ・ジョー・ジョーンズ(Papa Jo Jones)に師事してドラムの腕を磨きました。

2年後にメンフィスに戻り、他の仕事をしながらジャズやロックのバンドで演奏を続け、1987年、ついに念願のドラムショップをオープン。最初は、なかなかドラムが売れず、どうしようかと思うこともありましたが、あきらめずにがんばり続けてきたところ、いつのまにか世界に名を馳せるドラムショップになりました。

「成功の秘訣は?」と、聞いたところ、
「お客様に対するサービスで手を抜かないこと」と、すぐに答えが帰ってきました。

インフラ、配送、保証などをしっかりさせてお客様の満足度をあげるのは、もちろんですが、老若男女、プロ、アマチュアを差別せず、どんなお客様にもしっかりした対応を心がけるのだそうです。

そして、もう一つ大切なのは、メーカーとの良好な交流関係。
良い商品を仕入れるために、とても大切なことです。メーカーによっては新商品をメンフィス・ドラム・ショップでテスト販売する契約をしているところもあり、このドラムショップは、世界のドラムのトレンドセッターとしての役割も果たしています。

また、メンフィスドラムショップは、インターネットを上手に利用して地元だけでなく、世界じゅうの顧客を相手にしています。

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ジムのアイディアは顧客の立場に立つものが多く、なかでも好評なのは、シンバルの通信販売。

シンバルは同じモデルでも一枚一枚音が微妙に違います。数千枚のコレクションのシンバルの一枚一枚をドラムショップのスタッフが演奏して、その音を全部YouTubeに載せています。

Mycymbal.com
というオンラインショップで買う人は、ショップに来る人と同じようにシンバルの音を聞き分けて気に入った一枚を選ぶことができるのです。

サイトには、1,500枚ほどのシンバルの演奏シーンを録画したビデオがアップロードされていて、世界のどこにいようともその一枚のためだけに作成されたビデオをみて商品を購入することができます。

膨大な量のビデオですが、ビデオ作成、ウェブサイト管理、すべて常駐スタッフが管理をしています。そしてそのスタッフ全員が現役ドラマーでドラムをこよなく愛する人たちです。

ジムに、スタッフ採用にもオーディションがあるのかと聞いたら、答えは、「ノー」。ドラムの腕より、人柄をみるとの返答でした。しかし、メンフィスドラムショプスタッフ全員のドラムの腕がすごいのは世界的に有名な話です。

最初は2人ではじめたドラムショップも創立27年たち、現在は12人のスタッフが、世界にむけてドラムへの愛情を発信しつづけています。

成功の秘訣の秘訣は、本当の秘訣を知っているからだそうです。
それは、女性が男性より賢いと知っているからなのだとか。つまり、賢い奥様のナンシーがずっとジムのそばについてサポートしてくれていることに感謝していることです。

12人の男性に囲まれてショップの切り盛りを任せられているナンシーは、子どものころ、お店やさんごっこが大好き少女だったそうです。その頃の夢をジムと一緒にはじめたドラムショップで叶えることができました。次々とアイディアとビジョンの湧き出るジムの一番の理解者であり、サポーター。そして、ドラム大好き男たちの操縦を一手にまかされています。

ジムは、女性のナンシーが一番賢いのだと持ち上げ、ナンシーは、「ジムが一番賢いと思わせてあげているのよ。」と応えます。どちらが賢いにせよ、長年連れ添ったすてきなご夫婦の二人三脚は家庭でも仕事でも上手に足運びができているようです。

お互いを引き立て合う夫婦の絆が一番の成功の秘訣なのかもしれません。



November 19, 2014

Interview with Jim Pettit, the Owner of Memphis Drum Shop

The Key to the Success

     When you open the door of Memphis Drum Shop, you are in the drum wonderland.  It’s just like a big toyshop, but the toys are all real drums, cymbals and percussions.  Even if you were not a drummer, it would be hard not to touch all those colorful and magical instruments to check if they are real.

     We found this drum shop soon after we moved to Memphis, TN, three and a half years ago.  It has been the place for Carl, our drummer son, to get exposed to the real drum world and inspiration. 

     The owner of the shop is Jim Pettit.  He is a tall, good-looking gentleman.  A jazz lover and a drummer himself, he plays jazz and rock with various bands.  His job is drums and his hobby is drums.  And he enjoys the life of drums!


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     This drum shop is world renown and has many Japanese products as well as Japanese customers.  However, it does not seem to have real information about the shop in Japanese.  I thought Jim would be the best person to open my Jazz Twins blog interview series.  (I wrote this in Japanese first)
     Jim was born in a small town called Dresden, TN (about 3,000 population in 2013 census).  When he was 12 years old he saw a drum sets and decided to make it his career.  After that, when he was later in his teens, he traveled to Chicago and went into a drum shop.  It reassured him that ‘that’ must be his profession someday. 

     He majored in business and minored in music at University of Tennessee, Martin.  It was when this self-taught drummer learned drums and percussion collectively. 


     By the time he was graduating from university, he became good enough with his drums to try the professional world.  With his teacher’s reference, he auditioned for a professional band and the band toured many different cities.  One of them was New York and that was where he got lessons from Papa Jo Jones, the renowned drummer of Count Basie Band.
     After two years on the road, he settled in Memphis, not far from his birthplace.  He continued playing in jazz and rock bands while keeping another job. 


     It was 1987 when the time had come to open his drum shop in Memphis.  In the beginning, the business was slow and things were not always easy.  But he kept hanging onto his dream.  After years of hard work, the drum shop is now world renown.
     ‘What’s the secret of success?’ I asked.

     “The service to the customers,” he replied right away.

     “We treat all the customers equally well, young and old, professional and amateur.  It’s very important.  We also make sure that infrastructure, distribution and warranties are all in place.” 
     “Another important thing is a good relationship with vendors,” he says. 

The good relationship with the manufacturers creates a good flow of merchandise.  After years of good relationship, some of the manufacturers have deals directly with Memphis Drum Shop to test their new products before they hit the market.  That means Jim’s shop is the drum trendsetter of the world.
     In addition, Memphis Drum Shop does not only deal with local customers but with customers all over the world utilizing the internet tactfully.


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     Jim has some innovating ideas, often standing in the consumer's point of view.  Among these, the most unique one is mycymbal.com, an on-line cymbal shop.  Cymbals all have unique sounds even though it may be of the same model.   So what Jim came up with is that every single cymbal they sell has been tested and played on a video.  The on-line customers can listen to the sound of the specific product before they make a purchase. 
     Their website has more than 1,500 uploaded videos of recorded performance of each product, and it has been quite successful.

     The shop’s staff has managed this huge library of videos putting in long hours of work, but all the staff is drummers who are simply in love with drums.


     I asked Jim if he auditioned the staff when hiring.
     “No, I don’t, but I see their personality,” Jim says.

     For him the personality is more important than the drum skills, but the world knows that all the staff of Memphis Drum Shop can play drums so well.


     It has been 27 years since the shop opened its door.  The number of staff grew from two to twelve over the years to spread the love of drums to the world.
     The ultimate secret of his success is that he knows the real secret, Jim says.

     “I know that women are smarter than men,” which means that Nancy, his wife, has been by his side all these years. 

     Nancy is the only woman in the shop to manage all the men around her.  She used to like to play house, having a little shop as a little girl.  She realized her dream of having a shop of her own with Jim.

     She met him when she was fifteen years old and she has been the best supporter of Jim ever since.


     I don’t know which one is smarter, but complimenting each other shows that having best partners in life as well as their business may also be the key to the success.


 

我が家の双子がメンフィスで音楽修行をつむにつれ、先生たちによく言われたことが、「自分のVoice(声)をみつける」ということです。

声を出して歌うという意味ではなく、楽器を使って歌う、つまり、自分の心の声を音楽で表現することです。ドラムとベースというリズムセクションの楽器は、伴奏をしてリズムをきざむだけでなく、自分だけにしかできない心の音楽を演奏して観客にアピールできなければなりません。

メンフィスには自分の声をみつけて、世界へ飛び立って行ったミュージシャンたちがたくさんいます。後にそれぞれミリオンダラー(百万ドル)をかせぐようになった4人のミュージシャンたちもそうでした。

エルビス・プレスリー(Elvis Presley)、ジョニー・キャッシュ(Johnny Cash)、ジェリー・リー・ルイス(Jerry Lee Lewis)、カール・パーキンス(Carl Perkins)の4人です。

世界の音楽史に歴史を残した4人の若者が、偶然に集まり、楽しく音楽をつくった記念すべきスタジオがここ、サンスタジオ(Sun Studio)です。

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メンフィスの中心部にある、小さな、手作り感いっぱいのスタジオです。1950年に、レコード会社をもつことが夢だったサム・フィリップス(Sam Philips)がはじめました。

サムは、最初のロックンロールのレコードをレコーディングしたとして音楽業界に残した功績が大きく、また、人種差別激しい時代に人種の壁を超えて白人と黒人、両方の音楽を取扱ったことでも有名です。

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これがサンレコードのトレードマーク。

たくさんのヒットレコードをだして世界中に知られるようになったロゴですが、レコード会社オーナー、サムの高校の同級生、ジェイ・パーカー(Jay Parker)がたった50ドルでデザインしたそうです。

サン(Sun)は太陽という意味。太陽といえば朝日、朝日は、新しい一日のはじまり、そしてそれは新しいチャンスにつながるという発想で、にわとりと朝日をデザインしたそうです。

実際に新しいチャンスがたくさん生まれ、たくさんのミュージシャンがここでレコーディングして世界へ巣立って行きました。

一番有名なのは、なんといってもエルビス・プレスリー(Elvis Presley)。
1953年に自主制作レコードをサン・スタジオで録音したものの、特に見いだされることがないままだったのですが、あきらめずに通い続け、レコーディングにあらわれなかった歌手の代理としてレコーディング。そこからあれよあれよと言う間に大ブレイクしてしまいました。


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そして、1956年12月4日、火曜日、サンスタジオに前述の4人の青年が集ります。

これがそのときの様子を残す有名な写真で、現在もスタジオの壁にかかっています。

左から、ジェリー・リー・ルイス(Jerry Lee Lewis)、カール・パーキンス(Carl Perkins)、エルビス・プレスリー(Elvis Presley)、ジョニー・キャッシュ(Johnny Cash)。

3人はすでに亡くなりましたが、つい最近80歳の誕生日をむかえたジェリー・リー・ルイスは現役ミュージシャンとして活躍しています。

もともとは、すでにミュージシャンとして成功していたカールのレコーディングに新人ジェリー・リーが加わることになっていました。そこにふらっと立ち寄ったのがすでに有名になっていたエルビスとジョニー。一緒に演奏したら楽しくて仕方のないハイレベルミュージシャンが集ったわけですから、当然のようにそれぞれが楽器を演奏し、歌って、ジャムセッションが始まりました。

このチャンスを逃してはいけないと、レコーディングエンジニアが録音をしたのでこのジャムセッションの様子はレコードとして世に出ることになります。偶然はじまった歴史的セッションは、新聞社に連絡されて写真撮影され、次の日の新聞に「ミリオンダラーカルテット」と銘打った記事が掲載されました。

参加した4人全員がとても有名になり、それぞれがミリオンダラー(100万ドル)を稼ぐようになったのです。そのお話は後に、「ミリオンダラーカルテット」というミュージカルになり、日本でも上演されました。

メンフィスのスタジオでは、現在も、ミュージシャンがレコーディングするとき、仲良しのミュージシャンが様子を見に立ち寄って励ます伝統が続いています。

双子のレコーディングのときにも、プロデューサーのお友達のミュージシャンが立ち寄って若い二人を励ましてくれました。ジャネット・ジャクソン(Janet Jackson、マイケル・ジャクソンの妹)やアイザック・ヘイズ(Isaac Hayes)という世界的に知られる歌手のバンドメンバーという人たちがやって来て、メンフィスの音楽の層の厚さにびっくりしたものです。

ミリオンダラーカルテットの時代からあって今も脈々と続く、このふらっと立ち寄れるオープンさがメンフィスの音楽の奥深さにつながっているような気がします。

メンフィスに来たらふらっとお立寄りください。

そこから何かが生まれるかもしれません。





 

メンフィスには伝説のレコーディングスタジオがいくつかあります。
スタックスのように今はなくなってしまったスタジオもありますが、現在もその存在を世界にアピールし続けているのがここ、アーデントスタジオ(Ardent Studios)です。



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レコーディングした人たちは、メンフィスから世界へと羽ばたいて行ったアイザック・ヘイズ、サム&デイブなどのスタックスミュージシャンもたくさんいましたが、レッド・ツェッペリン、ボブ・ディランなど「おおっ!」というミュージシャンのオンパレード。つい最近はスティービー・ワンダーがレコーディングをしました。

日本からは忌野清志郎、中島美嘉などがここでレコーディングしていったそうです。

そして、我が家の双子ジャズミュージシャンが最初のアルバムをレコーディングしたのもここです。

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スタジオの壁にはたくさんのゴールドディスクとプラチナディスクが飾られてその歴史を物語っています。グラミー賞受賞作品もたくさんここから生み出されました。

創立者は、機械いじりが大好きで、特にラジオを組み立てるのが大好きな少年だったそうです。その趣味が嵩じてレコーディングスタジオを作ったのだとか。最初は実家のガレージで録音していたのが、規模が大きくなって何度か引越し、現在の場所にたどりついたのは1971年のことです。

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この写真の右側がスタジオ創立者ジョン・フライ(John Fry)です。
音楽業界では、ミュージシャンのモチベーションをあげるのがとても上手なことで有名で、実力を存分に発揮したレコーディングをさせてくれると評判が高い人です。メンフィスだけでなく全米の音楽業界の重鎮で、全米音楽スタジオ協会(SPARS)会長なども務めました。笑顔のすてきな人です。

左は、双子ミュージシャンの恩師でプロデューサーの、ドナルド・ブラウン(Donald Brown)。
世界的に有名なジャズピアニストで、プロデューサー、そして大学教授です。若い頃はスタックスのスタジオミュージシャンとしてこのスタジオで録音したので、二人は長いおつきあいだそうです。


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スタジオはA,B,Cと3つあります。これはスタジオAのミキシングルーム。
ミュージシャンが演奏したあとでレコーディングしたものをみんなで聞いて厳しく吟味します。双子のレコーディング時の写真です。

アーデントスタジオは、スタッフの皆さんが心底音楽が好きなのが感じられ、訪れて楽しいところでした。

双子のジャズミュージシャンたちもここから巣立ったすばらしい先輩たちの後に続けますよう…







 

ドラマーだったら、メンフィスといえばメンフィスドラムショップ(Memphis Drum Shop)
オーナー以下、全スタッフが現役ドラマーというこの非常にユニークなショップは、世界中のドラマーのあこがれです。メンフィス地区だけに限らず、世界を相手にドラムワールドを発信する国際的ドラムショップなのです。

我が家にとってはここもパワースポットのひとつ。
ドラマーのカールが、ドラム世界のドアを次々と開けていくことになった思い出深い場所です。ここでメンフィスの腕利きドラマーたちに知り合い、指導を受け、有名ミュージシャンたちにたくさん出会いました。

デイブ・ウェックル(Dave Weckl)、デニス・チェンバース(Dennis Chambers)など、世界の名だたるドラマーのドラムクリニックが定期的に開催されて、世界トップクラスのテクニックを身近に感じることができます。メーカーがスポンサーのドラムクリニックは参加費が安価で当地のドラマーたちの人気ですが、インターネットで世界中に配信されるので日本でも見ることができます。(ホームページ参照

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こちらがメンフィスドラムショップ。メンフィスミッドタウン地区のおしゃれなクーパー通り(Cooper St.) にあります。 写真右で太鼓をかかえた人がオーナーのジムさんです。とても背が高い、ハンサムでソフトなおじさまです。

自身がドラマーでドラム好きが嵩じてドラムショップをはじめたそうですが、スタッフは、全員バリバリの現役ドラマーで、ツアーや演奏に行かないときは、ドラムに囲まれる仕事を心底楽しむ情熱人が揃っています。何を聞いても即座に返答があるのはドラムショップならでは。


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入るとドラム、ドラム、ドラムがぎっしり並んでいます。
いろいろありますが、パール(Pearl),、サカエ(SAKAE、 ヤマハ(YAMAHA)と、日本の会社の製品もたくさん並んでいます。ドラムは日本の会社がとてもがんばっているのですね。メンフィスに来て初めて知ったことですが、日本人としてちょっとうれしくなりました。

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ドラムショップの圧巻は、1200個のシンバルが展示されたシンバルルーム。
一枚一枚全部音が違います。買う時は、写真の様に実際にドラムキットにつけて実際に使ってみて気に入ったものを買う事ができます。値段もいろいろですが、一枚1000ドルくらいのものを買うとなると、シンバル選びは慎重になります。

シンバルの音の言い表し方は、ドライ(Dry)だとか、ウェット(Wet)だそうです。カーンと乾いた音がするのがドライで、ちょっとこもるような音がするものをウェット(湿った音)と言うのだそうです。
どこからがドライで、どこからがウェットなのか?
素人の私は悩むところですが、ドラムやシンバルの世界の奥が深いのはよくわかります。

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ドラムショップの一部屋はビンテージドラムの展示室です。オーナーのジムさんのプライベートコレクションが並んでいます。
写真のドラムセットは、Ludwig社のビートルズが使用していたものと同じセット。他にもユニークな形のものなど年代物がいろいろあり、コレクター垂涎のコレクションを公開しています。

カールは奥にあるレッスン室によく通ったものです。

ここで出会ったドラマーの先生がメンフィスで有名なジャズドラマー、リナルド・ワード(Renardo Ward)。リナルドが的確なアドバイスをくれ、次々といろいろなジャズミュージシャンを紹介してくれたおかげでどんどん修行を積む事ができました。

ジャズミュージシャンはインプロビゼーション(improvisation- 即興)ができる人たちなので人付き合いでも即興が可能のようです。メンフィスのジャズミュージシャンたちは修行中の若者に懇切丁寧に教えてくれるので、ジャズがどんどんおもしろくなっていきました。

最初は、ロックンロール用のドラムキットしかなかったのですが、ここで先輩ドラマーのアドバイスでヤマハのジャズドラムキットをゲット。

そこから益々ジャズの地平線が広がっていくのでした…




話しはさらに戻って3年ほど前我が家がアメリカに引っ越してきたところに戻ります。

音楽の競争相手が少ない香港で、ロックスターへの夢が膨らんだ双子は、音楽の街、メンフィスに引っ越して、音楽の層の厚さに愕然とします。

アメリカ南部はバイブルベルトとも呼ばれるキリスト教の信仰が篤い土地。ここの子供たちは音楽を取り入れたキリスト教会で幼いころから楽器に触れ、生の音楽を身近に感じて育つので、高校生ですでにキャリアが違うのです。

そこで、双子は、「こういう子たちと一緒に演奏できたら楽しくてたまらない!」と、ポジティブに考え、音楽教育が盛んな公立高校に転校。マーチングバンド、ジャズバンドの授業を選択して課外活動にも参加することになりました。

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これがマーチンドバンド。
学校によってバンドの人数が異なりますが、大きなところは何百人もの部員がいます。

もともとは軍隊の鼓笛隊から発展したもので、ユニフォームを着て、ブラスバンドと打楽器グループが演奏しながらフィールドを縦横無尽に行進します。

特にドラムセクションは、高速で間違いのないバチさばきと同時に迅速に動き回ることを要求される注目の人気ポジション。練習を相当つんで選ばれた生徒だけができる特権です。

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フランスのジャズ関係者と話したとき、ドラマーはやはりアメリカ人のテクニックがすごいと言っていましたが、これだけ裾野が広ければレベルも高いわけだとうなずけます。

足も前に進むだけでなく音楽に合わせてかにのような横歩き、後ろ歩き、ターンなど、上手なバンドになればなるほど複雑な動きを入れた仕上がりになっています。

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こちらは大学のフットボール試合のハーフタイム風景。

アメリカで一番人気のあるスポーツ、アメリカンフットボールは、秋の今頃がシーズンです。試合ともなればどの学校もこうしたマーチングバンドが応援席で盛大に応援し、ハーフタイムでは、立体的なマーチング演奏をして観客を楽しませます。

大会上位入賞の高校バンドで上手な子は、大学のマーチングバンド奨学金をもらえるようがんばります。アメリカは世界でも類をみない高額な授業料をとる大学が多いので皆必死です。その分、大学のマーチングバンドは精鋭たちが集ってレベルアップを競うことになります。


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バンドは、カラフルな旗をもって踊るカラーガードの女の子たちが色を添えて、華やかなパフォーマンスを繰り広げます。アメリカの高校では、チアリーダーと並んで、カラーガードも女子に人気です。旗の他、本物ではありませんが、ライフル、サーベルという武器を象徴するものも踊りに使います。

マーチングバンドは、全米各地で中高の授業や課外活動に取り入れてられてとても盛んです。高校部門の地区大会で優勝すると全米大会に進むことができます。その勝者は全米で放映されるローズボウルなど、大学フットボール戦のハーフタイムに出られる特典があるので、たいへん人気の活動です。

アメリカ音楽の基礎はこんなところから形づくられていくようです。



私がメンフィスで音楽と関わるようになったのは、息子たちが高校生のときにこの地に引越してきて、音楽を勉強したからです。
しかし、音楽のドアが大きくあき始めたのはスタックス(Stax)の付属スタックスミュージックアカデミー(Stax Music Academy)に彼らが通うようになってからでした。

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これがスタックスの博物館。1950年代から70年代まで世界を沸かせたソウルやR&B音楽をたくさん生み出したスタックスレコードの建物を復元したものです。スタックスがなくなって建物は取り壊されてしまったのですが、10数年ほど前、同じ場所に同じような外見で建物が復元されました。

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展示物には、アカデミー賞オスカー像があります。
スタックスの大物ミュージシャン、アイザック・ヘイズが映画音楽「シャフト」(Shaft 1971, 日本語名、「黒いジャガーのテーマ」)を書いてアカデミー歌曲賞を受賞したときのものです。

スタックスの何たるか?を全然知らないでスタックスに通い始めた私にとってもこの曲は耳慣れた音楽でした。探偵映画のサスペンス風景が目に浮かぶ有名な曲であちこちで耳にする曲です。

他の展示物は、スタックスというレコード会社が、人種差別の激しい時代、メンフィスという街で、黒人も白人も一緒に音楽に情熱を注いだその歴史をひもとくものです。

展示物は往年のスターたちの写真や思い出の品々。
スタックスといえば、アイザック・ヘイズ、オーティス・レディング、ブッカーT&MGなどですが、一世を風靡したブルースブラザーズのスティーブ・クロッパー(Steve Cropper 1941~)もスタックスの立役者。全部説明するとても長くなるので今回は省略しますが、有名人の名前がずらっと並びます。


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これは、オーティス・レディング(Otis Redding 1941-1967)が受賞したグラミー。
ビルボードで一位に輝いた「ドック・オブ・ベイ(原題 (Sittin' on) The Dock of the Bay」を歌った歌手もスタックスの人でした。

この曲も本当によく耳にする曲ですね。オーティスの歌う原曲もよく聴きますが、ものすごくたくさんカバーされているので飛行機やエレベーターなどで何気なく流れている曲のひとつです。

飛行機事故で26歳の若さでこの世を去った人ですが、音楽界に残した影響力の非常に大きいことは有名で、ヨーロッパではビートルズをはじめとして多くのミュージシャン、日本では忌野清志郎が影響を受けているそうです。

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双子の高校の先生が、音楽を本格的にやりたいのなら、メンフィスのスタックスミュージックアカデミーに行ったら?というのでさがしてたどり着いたのがここです。アカデミーはミュージアムのおとなりにあります。

ここに息子たちが通った2年間、私もボランティアとして関わることになり、メンフィス、そしてアメリカの音楽について多いに学ばせてもらいました。(まだまだ修行中です。)

正直に言うと本当に何も知らないで行きはじめたところです。双子たちの「本格的な音楽を学びたい!」という情熱に動かされ、アカデミーの門をたたきました。

犯罪率が高く、教育などいろいろな問題を抱えているメンフィスを活性化させるため、アカデミーは主にあまり恵まれていない家庭の子弟を教育する機関ですが、志さえあればオーディションを受けてプログラムに参加することができます。


本当は、メンフィスのちょっとあやしげな地区にあるスタックスに通うのはちょっとドキドキでしたが、時々立ち寄ってくれるミュージシャンはグラミー賞受賞、ノミネートという人がいっぱい。よくもわからないままなんだかすごいところかもしれないと思い始めました。

最初、ロックンロールのスターになりたいと思っていた双子たちは、R&Bセクションがいっぱいだからと地味なジャズセクションにまわされました。本人たちは、最初がっかりしていましたが、それがあとになって大きな意味を持つようになるとは知る由もありませんでした。

こうして、メンフィスの双子ジャズミュージシャンの音楽ジャーニーがはじまったのでした。

この続きはまた…


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